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India

Day 2|コルカタ
モディ首相と初ビリヤニ、夜は寝台バスで国を渡る

朝は8時ごろに起床して、カーテンを開けて景色を眺めてみる。昨日は夜遅かったので見えなかった景色は、ビルの解体か建設中かの工事現場だった。あとは車がインドの割にスムーズに流れている道路が見えた。空港の周囲はいい道路が整備されているのだと思う。

ホテルの窓から見た朝のコルカタ
開幕から工事現場。インドらしい朝の景色だった。

ひでこベーシックからもらったおかきを1つ食べてチェックアウトの準備をする。タクシーで市街まで行って朝飯を食べようということで、Uberのアプリを入れてタクシーを呼んでみた。フロントに降りてチェックアウトをし、ホテルの入り口でタクシーを待つ。

凄腕ドライバーとインド式アトラクション

数分でスズキのスイフトがやってくる。乗り込んでみるとマニュアルトランスミッションだった。あとから気づいたのだが、インドの車市場はスズキ(詳しくはマルチスズキ)がほぼ独占しているようで、街中を走るどの車もほとんどがマルチスズキ製だ。

発進の瞬間からこのドライバーがインド人であることはすぐにわかった。車の波に勢いよく飛び込み、隙間という隙間へと車体を滑り込ませていく。

街並みを見ていると、インドのモディ首相の実寸大程度のパネルがやたらと置いてある。運転手に聞いてみると、今日ちょうどモディの演説会がここコルカタの中心部の公園であるのだそうだ。そんなことを聞かされたらぜひ行ってみたいと思うのが人間というもの。外国の首相はおろか、日本の首相だって生で見たことはないのだ。だが「観光客でも入れるか?」とドライバーに聞いたら、「入れないだろう」という返事。それは残念、と、この時点では思っていた。

街中に立てられたモディ首相の等身大パネル
BJP旗に囲まれたモディ首相の等身大パネル。コルカタの街のあちこちにこれが立っていた。

海外の人は渋谷のスクランブル交差点で、人々が衝突せずすり抜けていくのを見て感動するという。俺はインドの道路でまさにそれと同じ感情を味わっていた。インドの道路状況は東京の渋谷の人込みを車に置き換えたようなもの。はたから見たらぶつかりそう!と感じる距離感でも、彼らはぶつからない。

隙間を見つけてスイフトをねじ込んでいくとき、窓に顔を近づけていると隣の車に体の一部がこすり取られそうだ。後部座席に座っているだけで、これは遊園地のアトラクションより刺激的だと感じた。急加速急減速は他の車を出し抜くためには必須であり、スピードに上限はない。他の車にぶつからなければ、の話だ。インド人のドライバーはきっと日本の道路を走ったら退屈で眠気がきて、逆に事故を起こしてしまうかもしれない。

サダルストリートで両替と初チャイ

サダルストリート(Sudder Street) コルカタ随一のバックパッカー街。格安宿、両替所、旅行代理店が軒を連ね、19世紀から外国人旅行者の集積地として知られる。ニューマーケット周辺に位置する。 Google Maps →

スイフトは安宿街サダルストリートへとついた。両替屋についてドライバーに聞いたところで一瞬はっとした。「つながりのある、レートの悪い店に連れて行かれるかもしれない」と。しかしドライバーは一番近くの両替屋でさっとおろしてくれたので一安心。3万円ほどをルピーに変えた。友人の計算ではそんなに悪いレートではなかったらしい。

両替屋のカウンターにある電卓
電卓で提示されるレート交渉。インドの両替はこれが基本スタイルだ。

両替屋から見えるほどの近さにチャイを出している店があったので、インド初チャイをもらった。2人分で20ルピーほど(35円ほど)。路地の端に置かれたベンチに腰を下ろす。地元の人々も朝食・チャイを摂っていて、悪くない店のようだ。コップは噂の陶器ではなく、最近主流の紙コップだった。

路上のベンチでインド初チャイを飲む
道行くインド人やバイクを眺めながら熱々のチャイをすする。熱すぎて味がよくわからない。日本のものより濃くて甘いということだけはわかった。

インド国立博物館と自称ガイドのアレックス

インド国立博物館(Indian Museum, Kolkata) 1814年創設、アジア最古の博物館のひとつ。仏教・ヒンドゥー教の彫刻、エジプトのミイラ、化石、絵画まで幅広く収蔵。入場料は外国人500ルピー(2024年時点)。営業時間:10:00〜17:00、月曜休館。 Google Maps →

チャイの後はインド国立博物館(Indian Museum Kolkata)へ向かう。ヨーロッパ風の建築の中に所せましと仏像、絵画、動物関連の展示が充実しており、歴史・芸術・自然科学まで広い範囲をカバーする博物館だ。建物は上から見ると「口」の形をしており、真ん中は吹き抜けになっていて青空と芝生が歴史ある建物によく映えていた。

博物館の床でくつろぐ猫
館内の至る所に猫がいる。歴史ある空間と自由な猫のギャップが良い。
博物館の中庭と仏教彫刻の台座で寝る猫
仏教のレリーフの台座に居座る猫。これはもう展示の一部だ。

芝生には小鳥が、庇の下には猫が思い思いに伸びて寝転がっている。仏教のレリーフが飾られている台座に居座る猫は、1つの展示といっても差し支えない優美さだった。

博物館に展示された古代の仏教レリーフ
古代の彫刻が無造作に並ぶ展示室。日本の博物館とはスケールも雰囲気も違う。

館内では若者が多く訪れており、幾度となく「一緒に写真を撮ろう」と頼まれた。東洋人、ましてや日本人はここでは珍しいらしい。

また、移動中の街中ではさっそくインド名物の「牛」にも遭遇した。車や人が行き交う中でも悠然とたたずむ姿は、まさにこの国の主である。

街中を歩くインドの牛
道端でくつろぐ牛。交通渋滞の中でも誰も牛を無理にどかそうとはしない。
インド式の水洗トイレ
館内のインド式トイレ。しゃがみ式にホースがひとつ。これが噂のインドトイレか。

このトイレが、インドではじめてのトイレットペーパーなしのトイレだった。少しビビっていたが、やってみるとなんのこともない。なんなら紙で拭くよりきれいになった気さえした。実は日本でも自然の中で似たような経験があり、もともと抵抗が薄かったのかもしれない。

チケット売り場の前で声をかけてきたのがアレックスだ。自称ツアーガイド、自称怪しくない。「あそこでチケットを買えますよ」「荷物はあそこに預けるといいですよ」と親切にナビゲートしてくれるのだが、そんなことは看板を見れば誰でもわかる。日本語が達者で、過去にガイドしてきた日本人の写真も見せてもらったが、詐欺師の常套手段だ。信用マイナス15。しかもその写真に写っている日本人がことごとく気弱そうで物事を断れなさそうな見た目ばかりで、さらに信用はなくなった。

2〜3時間かけて博物館を見てから外に出てみると、まだアレックスがチケット売り場のそばにいた。彼は暇人であることが判明。詐欺師率はぐんぐん上昇する。

西ベンガル料理とウッシーからの着信

Hotel Sidheshawari Ashram 地元民に愛されるコルカタの老舗ベンガル料理店。バナナの葉に盛られた魚のマスタード煮(Shorshe Maach)が名物。英語メニューあり、価格は地元価格で財布に優しい。 Google Maps →

昼飯はHotel Sidheshawari Ashramというベンガル料理の店へ。魚のマスタード煮を頼んだ。特徴的なマスタードの風味がよく効いており、これがうまい。ホットドッグやアメリカンドッグはマスタードを味わうために食べるくらいマスタードが好きな自分には最高の一品だった。

バナナの葉の上に乗った西ベンガル料理の昼食
バナナの葉の上に乗ったマスタード風味の魚料理。これがうまい。

席に着いてスマホを見ると、インドに来たよというインスタのストーリーを見た高校時代の友人・ウッシーから「気をつけてね」と返信がきていた。テニス部で仲良くなった彼とは高校卒業以来会っていなかったが、せっかくだからと電話をかけてみた。向こうもちょうど駅にいたらしく、しばらく話した。あまり姿は変わっておらず安心した。有末にも紹介したが「誰やねん」という顔をしていた。

結局この通話がきっかけで帰国してから1か月後に三宮で再会することになるのだが、それはまた別の話だ。

アレックスはレストランまでついてきたが、こちらが一向に断り続けたため、飯を食べ始める頃にはあきらめて帰っていった。街を見渡しても他に日本人旅行者は全然見かけないので大変な商売だなと、少し憐れむ気持ちも起こった。帰国後も半強制的にフォローさせられたインスタで、アレックスが今日もどこかの観光地の前で頑張っている様子が確認できる。

ラッシーと床掃除の人

The Pure Milk Center コルカタでラッシーといえばここ、と言われる老舗店。陶器の器(クルハル)に入ったラッシーが名物で、飲み終わったら器を割り捨てる伝統的なスタイル。フリースクール・ストリート沿いに位置する。 Google Maps →

食後のデザートは、誰かのブログで紹介されていたラッシー屋「The Pure Milk Center」へ。インドではじめての非加熱飲料(水以外)なので大ビビりしながら飲んだが、うまい。これがインドのラッシーかと。陶器の器も聞いていた通りでよかった。

陶器の器に入ったコルカタのラッシー
The Pure Milk Center の名物ラッシー。2人分。飲み終わったらこの器を割って捨てる。これが本場流だ。

店員たちは雑談しながら楽しそうに働いていたが、床掃除をしていた一人だけは他の店員とあまり喋らず、黙々と床を磨いていた。カースト制度の名残の可能性を感じた。インドの日常に潜む見えない階層を、なんの変哲もないラッシー屋の片隅で垣間見た気がした。

「入れない」と言われたモディ集会に入った

ラッシーを飲んだ後、本来の目的地ヴィクトリアメモリアルへ向かった。その途中、モディの集会が行われているGarer Maathという公園が近くにあることを思い出し、折角だから通ってみようと、人の流れを逆流しながら入り込んでいく。

するとどうだ。とくにセキュリティーチェックもなく、集会場所にたどり着いてしまった。遠くにステージが見える。その手前にとくにゲートもない。

モディ首相のBJP集会の様子、遠くにヴィクトリアメモリアル
Garer Maathの集会場。遠くに白くそびえるのがヴィクトリアメモリアル。「入れない」と言われた場所に、普通に入ってしまった。

ステージの方をボーッと眺めていると、「なぜ外人がここにいるんだ」という感じでインド人がこちらを見てくる。中には話しかけてくるやつもいて、「たまたま歩いていたらここにたどり着いた」と説明しておいた。

BJP(インド人民党 / Bharatiya Janata Party) インドの政権与党。ナレンドラ・モディ首相が率いるヒンドゥー国家主義政党で、2014年の総選挙で政権を奪取して以降、選挙のたびに勢力を拡大してきた。党のシンボルカラーはオレンジ・緑・白。ベンガル州では与党ではなく野党であるため、コルカタでの集会はとくに重要な遊説の場となる。 集会場所 Garer Maath →

モディ首相の政党はBJPというらしく、「B!J!P!B!J!P!」という掛け声が会場に響いていた。覚えさせられたので、楽しいのでマネをしておく。前へ進んでいくとステージ正面は人が多いが、少し横にずれると人は少なく、モディ首相の顔が肉眼で確認できるくらいには近づけた。

BJPの大型看板とモディ首相のスクリーン
BJPの大型看板。ベンガル語で「সংকল্প(誓い)」とある。
壇上で演説するモディ首相
人生初首相がモディ。壇上に本人が立っている。
BJPの幹部たちが壇上で手を振る様子
モディを囲む党幹部たち。みんなオレンジのスカーフをつけている。

こんな無関係な外国人がなんのチェックもなくここまで来られるのはどうなんやとも思うが、ありがたい。高市首相も生で見たことがないのに、人生初首相がインドのモディ首相になるとは。

爆音で音楽がかかっている上、モディもヒンディー語で話しているので内容はまったくわからない。けれどまあフェスみたいで楽しかった。30分ほど楽しんでヴィクトリアメモリアルへ向かおうと外側へ歩いていくと、ニュース記者に2〜3回インタビューされた。「なぜここに来たか」「インドの政治をどう思うか」「モディの講演はどうだったか」。インドの政治については「インドと日本が良い関係を築くことが大事だと思う」と、誰でも言える答えをしておいた。モディの講演については「ヒンディー語ができないので何を言っているかわからない」と正直に答えた。こんなのが日本人代表の意見として使われたら日本の恥だと思いながら、これが限界だ。

集会の外でも数回インド人と話す機会があったが、彼らが俺たちに聞いてきたのはインドの政治ではなくイラン情勢だった。「日本の石油は大丈夫か」と心配された。そっちのほうがよほど本質的な質問だ。

ヴィクトリアメモリアルと夕暮れ

ヴィクトリアメモリアル(Victoria Memorial) 1921年完成。イギリス女王ヴィクトリアの治世60年を記念し、インド産の白大理石(マカラナ産)で建設。設計はウィリアム・エマーソン。内部にはコルカタ近代史の絵画や工芸品が展示される。入場料:外国人200ルピー。 Google Maps →

ヴィクトリアメモリアルはイギリス統治の名残として残る白亜の建物だ。内外はきれいに保たれており、観光客も多く訪れていた。集会はヴィクトリアメモリアルを背景に荘厳な雰囲気を醸し出していた。

夕暮れ時のヴィクトリアメモリアル外観
ヴィクトリアメモリアル。白亜のドームが夕日に染まりつつある。
ヴィクトリアメモリアルのチェッカー床で眠る野犬
市松模様の大理石床で昼寝する野犬。インドでは聖域にも動物が普通にいる。
ヴィクトリアメモリアル内のガンジーの肖像画
内部に展示されたガンジーの肖像画。モディの集会から数時間後にガンジーを見る。インドの複層的な歴史を感じた。

中心のホールが印象的で、横の部屋には昔の絵画が展示されていた。一日歩き回り疲れたので、そこそこで庭園へ出てベンチで休憩した。木々の間をリスが走り回っている様子と、夕日で薄く染まっていく空と白い建物を眺める。この瞬間だけはコルカタが静かだった。

ヴィクトリアメモリアルの庭でインド人グループと逆さ撮影
庭でくつろいでいると地元のインド人グループに声をかけられた。いつのまにか逆さまになっての撮影が始まっていた。

写真を撮り終えると、彼らはすぐに満足して立ち去った。こちらはインドのことをいろいろ聞きたかったのに、英語もあまり得意でないらしく、会話はほぼ成立しない。写真さえ撮れればそれで満足だ。観光地での俺たちはコンテンツだ。

巨大バスターミナルとネズミのビリヤニ

ヴィクトリアメモリアルからUberでバブーガートバスターミナル(Babughat Bus Stand)へ向かう。日本のような電光掲示板はないが、規模はケタ違いだった。入り口を入ると数百メートルはバスが並んでいる。運航会社ごとにかたまったバスが左側に並び、バスが通る通路を挟んで右側には公衆トイレ・売店・レストランが並ぶ。

夜のバブーガートバスターミナル
夜のバブーガートバスターミナル。LEDの光と人の喧騒が混在する。

バスはまるでデコトラのような装飾でLEDが光っており、会社名のアピールなのかもしれないが、その程度は一瞬の芸術の域に達している。12GOで予約したベンガルタイガーのバスを見つけ出し、会社の関係者っぽい人にスマホの画面を見せると「発車30分前から乗れるからその辺で待ってろ」と教えてもらった。

安心したのでレストランへ飯を食いに行く。マトンビリヤニを食べてみたかったのでそう頼んだが、チキンビリヤニしかないという。二階へ案内された。薄暗く、あまりきれいではない空間だ。

バスターミナルの薄暗いビリヤニレストランで待つ二人
薄暗い2階席。一日歩き回った顔がちゃんと出ている。

実際ビリヤニを食べていると、階段からネズミが駆け上がってきた。有末のテンションが一気に下がった。ここがこんなに汚いならキッチンも相当なものだという想像は難しくない。日本にいたらほとんどネズミを見ることはないが、直感的に汚いと感じるのは病原体であることを本能が理解しているからだろう。部屋の隅にインド国旗が飾ってあり、お土産にもらいたかった。

バスターミナルの有料公衆トイレ入口
「PAY N USE TOILET」。バスを待つ間、お世話になった。

さてそのビリヤニだが、これがインド初ビリヤニであった。100ルピーほど(170円ほど)だが、日本で食べたものよりうまい。チキンはやわらか、ご飯はふわふわパラパラ。ネズミも気にならなくなった。

食後は売店でクッキーと水を買い、バスに乗り込んだ。

寝台バスでコルカタを後にする

ネオンが輝くベンガルタイガーのバス
Bengal Tiger号。インドのバスはみんなこのくらいの装飾をしている。

バスに乗り込んだ時は熱気がこもっていて蒸し暑かったが、エンジンがかかるとエアコンが効き始めて一安心。今夜乗り込む寝台バスは、ゲストハウスのドミトリーというか、寝台列車の二段ベッドのようなつくりだ。バスの前部は普通のバスよりは豪華なシートのエリアがあり、後ろ4分の3ほどが2段ベッドのセクションになっている。バスの左側が一人用ベッド、通路を挟んで右側には2人用のベッドが上下に並ぶ。ベッドにはカーテン、コンセント、クーラーまで付いており快適だ。

身長165に満たない自分がザックを足元に置くとちょうど寝られるくらいの広さで、身長の高い人には少し厳しいかもしれない。今回は上段の2人用ベッドを有末と2人で使うことになった。有末が通路側を選んでくれた。ベッドの縁に柵がなく、寝返りを打てばそのまま下に落ちかねない。俺の寝相の悪さを(テントで一緒に寝たことがあるため)知っている彼が、通路側を買って出てくれたのだ。彼の優しさに感謝しながら窓側で寝させてもらった。次は一人用のベッドを2つ取ろうと思う。

紫のLEDが灯る寝台バスの個室ベッド
紫のLEDが光る個室ベッド。カーテンを閉めれば完全なプライベート空間になる。

バスはゆっくりとターミナルを出発し、コルカタの夜の街へと溶け込んでいった。走り出してすぐ高速道路に乗ったようだった。カーテンの隙間から外を見るとまだ街中だったが、ブッダガヤはきっともっと田舎なんだろうと考えながら眠りについた。初チャイ、インド国立博物館、マスタードの魚、ウッシーとの電話、ラッシー、モディ集会、ヴィクトリアメモリアル、ネズミのビリヤニ。詰め込みすぎだろうと我ながら思う。

次の目的地はブッダガヤ。釈迦が悟りを開いた地だ。

ブッダガヤ(Bodh Gaya) ビハール州ガヤー県の町。紀元前5〜6世紀ごろ、ゴータマ・シッダールタ(釈迦)が菩提樹の下で悟りを開いたとされる仏教最大の聖地のひとつ。中心部のマハーボーディー寺院は2002年にユネスコ世界遺産に登録。コルカタからバスで約10時間。 Google Maps →
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